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久しぶりに「伝説巨神イデオン 接触編・発動編」を観て思う.... [アニメ]

 先日、CSの放送で劇場板である「伝説巨神イデオン 接触編・発動編」を観ました。
久しぶりに観たのですが、年を取った分だけ少しウルッときてしまいました...

 監督は「機動戦士ガンダム」で有名な、富野喜幸(現・由悠季)監督です。

 機動戦士ガンダムは今でも好きな作品ですし、イベント等も時間が許す限り、行く様にしております。 また富野監督作品については全般的に好きなのですが、一般的に「暗い」「重い」等といわれる作品が多いのも特徴です。

 以前も書きましたが、心に残る作品としては「無敵超人ザンボット3」が一番ですが、その他に「聖戦士ダンバイン」と今回改めて観た「伝説巨神イデオン」の3作品が小・中学から続く好きな富野作品になります。

 よく言われるのが「皆殺しの富野」ですが、この3作品は本当にキャラが死んでいきます。 イデオンに限って言えば、TV版の最終回(途中打ち切り)のラストの衝撃は今でも忘れません。 塩沢兼人さんのナレーションで「イデの力が発動....」となり宇宙が光に包まれて(爆発?)終わってしまいました。 打ち切りの為、最後の部分で「イデ」の力頼みになっておりますが、逆にインパクトが強く、記憶に残ることになりました。

 TV版の第一話も唐突に発掘作業の地球人から入り、細かい説明も無く物語が進んで行きます。 内容については、宇宙へ進出した地球人類が新たな植民地である「ソロ星」で発見した第6遺跡を「第6文明」と称し発掘・調査を行い、そこへ現れたのが伝説の力である「イデ」を調査する為「ロゴ・ダウ」(ソロ星の事)に来た異星人であるバッフ・クランの調査隊。 互いに人の形をした生物ではあるが、文明の違う異星人同士が一つの星にいることにより、やがて武力衝突にまで発展し、紛争状態となってしまいます。 このとき発掘された第6文明の遺跡は動き出し、3機が合体することにより、人型メカである「イデオン」が出現します。

 TV版を観たときに、地球人は決して争いを求めてはおらず、友好的に解決しようと「白旗」を掲げますが、バッフ・クランの人々にとって「白旗」とは相手をこの地上より抹殺する意味であり、戦いはソロ星を飛び出し、星間同士の戦争まで発展して行きます。 作品を観始めた時から思っていた事ですが、このソロ星に移民・発掘・調査を先に始めたのは「地球人」であり、バッフ・クランは後から現れた人々に過ぎません。 しかし無限のエネルギーである「イデ」を求めてやってきたバッフ・クランの人々は必要に地球人を追いかけます。 発掘された宇宙船「ソロ・シップ」に乗り込んだ地球人達は、「イデオン」と「イデ」の力に翻弄されながらも戦いを続けます。 敵との戦いだけではなく、同じ地球人同士でも不和が絶えず、またバッフ・クランの内部でも同様の葛藤があり、作品を通して「人のエゴ」が前面に押し出されていきますが、そんな戦いの中でも地球人のジョーダン・べスとバッフ・ックランのカララ・アジバに愛が芽生え、そして子供を授かります。 

 物語の終盤、戦いは熾烈さを増し、両軍共に次々と仲間達が戦死していきます。 憎しみが憎しみを生み、その思いが頂点になろうとしたときに、「イデ」の力にてカララは父親でありバッフ・クラン宇宙軍総司令であるドバ・アジバの元へ行き、会見を試みるも決裂。 父親でもあるドバは地球人との間に子供が出来た事に激怒し、お互いの歩みよりは無くなってしまいました。 意識の融合が出来なくなってしまったその時、「イデ」の発動により戦いが続くその宇宙は光と共に消滅してしまいます。 この部分の衝撃が大きかった....

 ストーリー的な事もあり、テレビ版は視聴率低迷を理由に打ち切られてしまいました。 うーん、この辺りはガンダムと同じになってしまいますが、製作者達の思いは熱く、真のエンディングを見せたいと製作されたのが劇場版となります。 劇場版としては「接触編」・「発動編」の2つがあり、「接触編」はテレビ版の前半を中心にして編集された総集編となっており、「発動編」は監督が描きたかったエンディングを伝えるために製作されました。 

 この劇場版では、TV版以上に最後の決戦は熾烈さを極め、エゴのぶつかり合い・憎しみ合いは増大し、敵との白兵戦にてカララなどの主要キャラも次々に死に、それが「イデ」の求めているものなのか...... 「イデ」に振り回され、死に行く事が「イデ」導きなのか...... TV版とは違う流れですが、「発動編」と名の付いた作品らしく「イデ」の発動が始まります。 そして主人公のコスモは「イデ」に対し、人として「イデ」の運命に最後まで抵抗をし続けます。 そして劇場版では「イデ」発動後の世界が描かれており、憎しみあった人々が進むべき未来に対して一つになり、そしてベスとカララの間にできた子供(メシヤ)に導かれ物語は終焉を迎えます。

 「イデ」とは何なのか、今でも理解できない事なのではありますが、「イデ」=イデオロギーと勝手に考えておりますが、実際にはどうなんだろうか..... ウィキペディア等を見てみるのも良いとは思いますが、キャラが多いと項目も増えてしまい、読むのが辛くなってしまうのでパス。 いつかはじっくり読んでみよう.... 

 昔から富野作品は好きと書いておりますが、作中では無意味に死んでいくキャラクターが多い物語となります。 俗に言う「犬死に」自体においても、全ては意味があるものであり、監督の作る作品に対して、観ている立場の視聴者が付いて行けないからだと私は思いました。 イデオンも30年経ち、今回改めてこの作品を観て思う事は、今までの自分がしてきた行いが果たして良い物だったのか悪い物であったのかを、見つめ直す事でした。 やはり「ザンポット3」の時と同じく心に大きく影響を残す作品だったと思います。 発動後の流れについても、死後の世界?と思うだけではなく、発動後の彼ら2つの種族はどうなるのか、なぜ発動が必要だったかを改めて考えておりました。

 小・中学生の頃、ザンボット3~イデオン~ダンバイン3作品から受けた自分なりの考え、それぞれの作品から感じる思いがありますが、私なり思うことはどの作品についても「無意味」を感じる事があります。 しかしながら「無意味」=「無」と言う意味ある物であると思い、中学の頃に勝手な意見を言い合って友人との会話を思い出しました。

 しかしながら、本当に描きたい事・伝えたい事は監督自身にしか分からないかもしれませんが、打ち切りによる影響が「ガンダム」「イデオン」にとって、逆に良い方向に進んだと思うのは私だけであろうか.... 
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MINERVA

すみません、コメントを頂いたのですが、
文字化けの為、削除させて頂きました。
by MINERVA (2016-08-02 19:34) 

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